蕎麦屋

非常によろしくない表現が含まれている可能性がある

【小説】人により程度は異なりますが依存が生じます

 フィルター越しの酸素だけを吸って生きている。
 舌の上で転がすようにねっちり息を吸い込めば、不味い煙が容赦なく口内を蹂躙する。不味いと言ったがこれが本当に不味い。変に甘ったるくてタバコらしい味が全く無い。その辺の適当な空気で薄めて無理やり肺に落とし込む。内側がジリジリ焼ける感覚。煙が脳まで回ったところで、夜の澄んだ世界へ乱暴に吐き出した。煙。風。散る。何度も見た光景。今更どうとも思わない。吐いた煙はいつだって消えていくし、俺はそれを分かって吐き出すだけだ。
 アンニュイな気分に浸る間もなく、冷たい空気が舌を刺した。慌てて不味いタバコに吸いつく。キスを強請る娼婦か、もしくは水から上げられた魚みたいだ。自分でも笑える。面白くも無いのに。どうやら虚しさと快楽は表裏一体らしい。
 これで何度目だろうと柄にもなく考えた。恋人ができたのは四回目。今の彼女とのデートは十回目。デートの最後にホテルに入ったのが六回目。セックスのあとベランダに追いやられながらタバコを吸うのは——これは分からない。セックスの回数とニアリーイコールくらいじゃないか。つまりは数えきれないという意味で。
 このタバコを吸うのは一度目だ。ウィンストンのホワイトキャスター3ミリ。普段セブンスターを吸っている俺としては、こんなタバコ吸えたものではない。彼女が突然渡してきたから吸っているだけだ。私の前では吸わないでくれるよね有り難うとか言われても、お前のためにそうしたわけじゃない。あの手の女はすぐに文句をいうから、それが面倒で避けているだけだ。
 こうやって面倒ごとから逃げてばかりだから、半年付き合ってタバコの趣味すら伝えられない。理解されたいとは思わなくもないけど、自分を見せるのは怖い。期待と真逆の反応が返ってきたら傷つくし、それで終わってしまう脆弱な関係性が露呈するのはもっと怖い。それくらいなら最初から理解させない方がいい。理解されないんじゃなくて、させなかったんだと言い訳ができるから。
 まだ半分ほど残っているタバコを灰皿に押し付ける。煙が一筋立ち上ってそのまま死んだ。墓の前に供えられた線香が脳裏に浮かんで、やっぱりすぐに消えた。どうせ俺の墓だ。
 服をはたいて部屋に戻る。人影が無かった。サイドテーブルに「さようなら」という書置きだけが残っていて、他に彼女の存在を証明するものは笑えるほど何も無い。書置きをつまんでベランダに出る。火をつけて灰皿に乗せてやれば、少し丸みを帯びた「さ」の文字から順に灰になった。ついでに自前のセブンスターにも火をつける。
 二十時二十四分。緩やかな自殺のために息をする。
 どうも俺は長く続かない。分かっていて、何度も求めるだけだ。