蕎麦屋

非常によろしくない表現が含まれている可能性がある

三題噺『残り物』『魔法』『ゆるふわ』

友人間で行った三題噺です。
ブログが寂しいので記録代わりに載せます。
制限時間後にちょっといじったので+αです。


制限時間:2時間+α
お題:残り物、魔法、ゆるふわ

 

 

 残り物には福があるとはよく聞くが、残り物が魔法を使えるパターンは初めてだ。
「ねぇサトちゃん、聞いてる?」
 ふよふよと宙に浮かせた手鏡から目を離さず、村上は不機嫌そうにぼやいた。

 遡ること四月初頭。残酷なクラス替え掲示によって友人と見事に隔離された私は、春の陽気が降り注ぐ中、ひとり陰気に窓の外を眺めていた。隣の席では五人ほどの男子生徒が下品な笑いをあげており、なんとも居心地が悪い。しっくりこない高さのイスやワックスのにおいも、友達と一緒なら新学期のスタートを彩るエッセンスとして楽しめたのだろうが、今は苛立つ要因にしかならなかった。
 そっと教室内の様子をうかがう。始業時間まではあと数分。どの机にも色とりどりのカバンやリュックがかけられている。にもかかわらず、私のように孤独に座り込んでいる生徒は一人も見あたらなかった。皆それぞれ、既存グループの再集結を喜んだり、早々に『なかよし協定』を結びあうのに奔走している。
 まずいな。
 自然と漏れた溜息はチャイムにかき消された。同時に若い男性教師が入ってくる。知らない先生だが、みんなの反応を見る限りアタリの教師のようだ。とは言っても、みんなのアタリが私にとってもアタリである可能性は低い。実際、白い歯を見せながらはつらつと挨拶をする姿はいかにも体育会系で、私はいっそう警戒心を強める。
「まずは出席をとるぞ。相田――」
 その時だった。
 バン、という強い衝突音。全員の視線がそちらに向く。見れば、明るい栗色の髪をふり乱した女子生徒が肩で息をして入り口に立っていた。
「あ~ん! せっかくカワイクしたのにぃ」
 緊迫する教室に響きわたった間延びした声。女子生徒は何度か前髪を撫でつけながら、教室じゅうの視線を無視してズカズカと侵入してくる。しばらくキョロキョロと周囲を見渡したあと、なんでもないように空いた席へと腰を下ろした。
「おいおい、新学期そうそう遅刻だぞ。ええと……村上!」
 威厳を取り戻そうとするかのように教師が言う。教室は遠慮がちな笑いのさざ波で小さく揺れた。村上と呼ばれた女子生徒は「すいませぇん」と緩く呟いて、せっせと前髪を整え始める。
「それじゃあ改めて出席だな」
 教師がそう告げると、生徒たちは彼女から一斉に興味を無くした。どこか緊張した面持ちで黒板を見つめ、このあと控えているであろう自己紹介の文章を必死に構築し始める。
 私も同じだ。佐藤というありふれた苗字は、私の出席番号を一桁代まで押し上げるのに十分だった。今のうちに上手い自己紹介をまとめておかねば、このクラスで一年間孤立し続ける可能性だって出てしまう。それは絶対に避けたい。
 しかし危機感たっぷりの私の思考は、視界の端に動くものを捉えたことでいとも簡単に散らされた。
 反射的に目がそれを追う。先ほどの女子生徒の足元にヘアピンが落ちていた。多分、彼女が落としたものだろう。当の本人は相変わらず前髪をいじくっており気づく様子もないが。ヘアピンにはピンク色の大きなうさぎの飾りがつけられており、踏まれでもすれば割れてしまいそうだ。
 自由な校風が売りのうちの学校とはいえ、あのヘアピンは派手すぎる。先生に見つかれば一発没収なこと間違いなしだ。なんだってあんなものを学校に持ってくるのだろうか。オシャレ女子の考えることはよく分からない。ぼんやりと飾りのウサギを見つめていると、
「……は」
 パチリ、と目が合った。と思ったのも束の間、私が瞬きをするかしないかの間に、ウサギは元通り天井へと視線を戻していた。
 今のは――?
 見間違い? それにしてはあまりにハッキリとしすぎている。目玉を動かす装置でも内蔵されているのだろうか。不自然なほど大きな飾りだから、その可能性はある。しかしそうだとしても、あんなにピッタリと目が合うことなどあるのだろうか。そもそも、たかがヘアピンの飾りにそんな機能が付いているものだろうか。ならばアレは――
「ということで、適当なペアでお互いに自己紹介してくれ」
 周りの生徒が一斉に立ち上がって、私はようやく我に返った。ヤバい、話聞いてなかった。というか、は? 今なんつった。適当にペア? 私が一番嫌いな言葉だ。やっぱりハズレの先生だったか。内心舌打ちし、ヘアピンのことなど頭の隅に押しやりながら、あわてて私も席を立つ。
 ほんの数秒出遅れただけだったが、それが致命傷だった。周囲を見渡しても既にほぼ全員ペアが組みあがっており、私の入る余地は見つからなかった。縋るように教壇へ目をやるが、楽し気に話す生徒たちを満足げに眺めるばかりで助けは期待できそうにない。
 マズい。新学期一発目からボッチはキツすぎる。
 焦って唇を噛んだ瞬間、人並の隙間にただ一人残る生徒を見つける。
 選択の余地もない。足早に近づく。正直関わりたいタイプの人間ではないがそうも言ってられない。ペアを作れという指示があったにもかかわらず未だに机で髪をいじる彼女の足元にしゃがみこみ、素早くピンを拾い上げた。
「落としたよ」
 背後から話しかけると、彼女はゆるゆると首を回した。先ほどとは打って変わって綺麗に整えられた前髪は、確かに本人の言った通り愛らしさがにじみ出ている。いかにもゆるふわという言葉がピッタリだ。前髪の影が落ちた瞳は驚いたように見開かれており、占いで使う水晶みたいにきらきら輝いている。
「ふぇ、ありがとぅ~! やさしぃ~!」
 垂れ気味の目をさらに緩めながら彼女は笑った。わざとらしく間延びした言葉尻に、私はどうにも引きつった笑いが抑えられない。ハッキリ言って、苦手だ。
「へぁ。てか、どーゆぅ状況? 話聞いてなかったぁ」
「ペア作って自己紹介だってさ」
「ふぇ、じゃあ組も」
「え」
 一瞬たじろいでしまう。願ってもない申し出というか、元々そのつもりで近づいたのだが、こうも心根を見透かしたようなタイミングで言われると焦る。苦手とか考えてたのもバレてたらどうしよう。
「あたし友達いないの。アンタちゃんもでしょ?」
「そりゃ……そうだけど」
「決まりだねぇ」
 彼女はふにゃふにゃと笑って席を立った。ふわり、と嗅ぎなれないミステリアスな香りがたって一瞬クラリと眩暈がする。隣に並んでみれば意外と背は高くて、私が彼女を少し見上げる形となった。
「あたし、村上亜理栖。アンタちゃんは?」
「さ、佐藤琴子」
「ことこ、琴子、こっこ……うぅん、言いにくいなぁ……」
 しばらく考えたあと、彼女はパッと顔を上げ、腰を折って私の目を覗き込んだ。
「それじゃあ残り物同士、なかよくしよぉね。サトちゃん!」


 ――私たちが本当に世界で二人きりの残り物になるまで、あと112日と6時間。